前編ではスティーヴのキャリア形成期を取り上げましたが、今回の中編では、一時期は音楽業界から離れて民間航空会社の副パイロットをしていたという彼が、新メンバーでのSteve Morse Band / Dixie Dregsを率いて華々しく音楽シーンに復活した以降を取り上げます。
年齢で言うと、ちょうど30代~40代、一般的には人が体力的にも精神的にも充実し、最もクリエイティヴになれる時期です。この頃のスティーヴも多方面で活躍し、数多くの素晴らしい作品を生み出して世界中のファンを楽しませてくれました。
【目次】
I. 前編
1.Dixie Dregsの結成(1975年、21歳)
2.ソロ活動とSteve Morse Bandの結成(1983年、29歳)
3.Kansasへの加入(1986年、32歳)
II. 中編
4.Steve Morse Band / Dixie Dregsの再開(1988年、34歳)
5.Deep Purpleへの参加(1994年、40歳)
6.多様性の追求(2000年代、40歳代後半)
マヌエル・バルエコとの共演(2001年、47歳)
Living Loud(2003年、49歳)
『Major Impacts』シリーズ(2004年、50歳)
Angelfire(2007年、53歳)
III. 後編
7.Flying Colorsの結成(2011年、57歳)
8.第1期Dixie Dregsの再結成(2018年、64歳)
9.Deep Purpleからの脱退と、ルーツへの回帰(2022年、68歳)
4.Steve Morse Band / Dixie Dregsの再開(1988年、34歳)
スティーヴは1987年後半から1988年の初めまで、一時的に音楽業界を離れて民間航空会社で副操縦士の仕事をしていたそうですが、1988年には現在もSteve Morse Bandで活躍する凄腕ベーシストのデイヴ・ラルー(Dave LaRue)が参加し、Steve Morse Band / Dixie Dregsの活動を再開しました。
この時期にデイヴがDixie Dregsに参加した経緯の詳細は、彼のインタビュー動画にて語られています。
この動画は1988年8月25日に行われた、新ベーシストを迎えた第2期と言えるDixie Dregsの母体となった記念すべきライヴ音源です。ヴァイオリンがいない4人編成のDixie Dregsという点でも、他では聴けない貴重な音源かも知れません。
Dixie Dregs, New Haven (1988)(1988年、34歳)※音声のみ
【余談】
デイヴもバークリー音大の出身者ですが、私がバークリー音大時代に彼の教則本『On the Record: Songs From The Dixie Dregs, The Steve Morse Band, And Hub City Kid』を彼のオンライン・ストアから購入した際に、決済でちょっとしたトラブルがあり、メールを頂いたことがありました。
問題が解決した後、私が「今はバークリー音大でベースを勉強しており、あなたとスティーヴの大ファンなんです、『Runaway Train』の楽譜を見てベースがコードとベースラインを全てタッピングにより同時に演奏していることを知ったのが一番の驚きでした」と書き送ったところ、「住所を見てバークリーの学生だと思っていたよ、一生懸命練習すれば弾けるようになるので頑張って!」と暖かいお返事を頂いたことを今でも良く覚えています。
1989年、スティーヴは初のソロ名義のアルバム『High Tension Wires』を発表します。これはアコースティックやクリーン・トーンのギターを主体とした静かな曲調のアルバムですが、中にはフル・ピッキングのディストーション・ギターによるハード・ロック曲「Tumeni Notes」など、後のSteve Morse Bandのライヴでもスタンダード・ナンバーとなる名曲も含んでいました。
また、このアルバムには1975年の『The Great Spectacular』にも収録された彼の最初期の作品である「Leprechaun Promenade」の再アレンジも収録されています。
同じく1989には、初の教則ビデオを発表しました。スティーヴ独特のソロ・フレージングの一つに、速弾きの中でストリング・スキッピングを駆使して異なる弦上で複数のラインを同時並行的に構築する技法が挙げられますが、ここで彼は"playing a scale polyphonically"という表現でそれを解説しています。
クラシック・ギターの対位法的な技法をロック・ギターのソロに取り入れたと思われるこのアイデアは、恐らくこの時期に確立したものと思われ、前述した「Tumeni Notes」のソロの後半にそれをはっきりと聴き取ることができます。
ちなみに、スティーヴの大ファンであるというDream Theaterのジョン・ペトルーチが彼らの初期の代表曲「Metropolis, Pt. 1: The Miracle And The Sleeper」のユニゾン・ソロ後半で用いているリックも、この技法がルーツなのかも知れません。
Steve Morse - Power Lines(1989年、35歳)
こちらはライヴ内のギター・ソロ・パートです。クラシック・ギター奏者としてのスティーヴのベスト・ショットの一つかと思います。
Steve Morse Solo Acoustic 9-26-90 RIFF RAFF + More(1990年、36歳)
これは1990年3月にドイツのバーデン・バーデンで行われたライヴを収録した、スティーヴとデイヴ、そしてドラマーのヴァン・ロメイン(Van Romaine)による現行のSteve Morse Bandとしては最も初期のフル・コンサート動画です。
その後、この新メンバーでのSteve Morse Bandは、『Southern Steel』(1991年)、『Coast to Coast』(1991年)、『Structural Damage』(1995年)、『StressFest』(1996年)、『Split Decision』(2002年)、『Out Standing in Their Field』(2009年)の6枚のアルバムをリリースしています。
新しいSteve Morse Bandでは、『Split Decision』を除く全てのアルバムで、クラシック・ギター+エレクトリック・ベースのデュオ曲を取り上げています。ライヴでは、これらデュオ曲や、Dixie Dregsの曲をトリオ編成にリアレンジした曲も多く演奏され、多彩なレパートリーを楽しむことができます。
Steve Morse Band - Live 1990; Full Concert(1990年、36歳)
こちらは同年10月14日のトロントでのライブのフル・コンサート動画です。
Steve Morse October 14th 1990 Toronto(1990年、36歳)
これは1991年、TVショウ出演時の動画のようです。ヴァンはスネア・ドラムだけで演奏に参加しているという、Steve Morse Bandとしては珍しいアンサンブルの動画です。
Rare Steve Morse stuff - part 2(1991年、37歳)
こちらは1991年にDCIからリリースされた2冊の教則ビデオ/本のうち後編に収録された、Steve Morse Bandの演奏によるDixie Dregsの「Ice Cakes」です。
中盤に設けられたSteve Morse Band独自のアレンジによるカーム・ダウンしたセクションが印象的で、ギター・トリオの鑑とも言える素晴らしい演奏だと思いました。
ここで聴けるストリングスの音色によるギター・シンセを加えたヴォリューム奏法は、彼のトレード・マークの一つとも言えるものです。
Steve Morse(1991年、37歳)
こちらはNYのBottom Lineでのライヴで、年代はセットリストから察するにおそらく1991年、「The Introduction」「Twiggs Approved」「Tumuli Notes」「Point Counterpoint」「Cruise Missile」の5曲が披露されています。
STEVE MORSE BAND/Live At The Bottom Line(1991年?、37歳)
こちらはスティーヴのソロ・クラシック・ギター、デイヴとのデュオ、さらにこれにDixie DregsのキーボーディストであるT.ラヴィッツが加わったトリオによるライヴです。
スティーヴのクラシック・ギター演奏が高音質・高画質で堪能できる動画で、これは市販DVDにも収録されていました。
1曲目の「Northern Lights」演奏後に、聴衆の女性が感涙に咽んでいるカットが挿入されているのが印象的です。3曲目のJ.S.Bach「Jesus Joy of Man's Desiring」のオリジナル・アレンジは1983年の録音でも聴けますが、Bセクションにリヴァーブを使用したアレンジが面白いです。
Steve Morse Band - Live in New York 1992(1992年、38歳)
こちらはおそらく1993年頃のインタビュー動画で、冒頭には生まれて間もない息子を膝に置いてギターを弾くスティーヴの姿が映っています。
Hot Guitarist Video Magazine, Episode 3; Steve Morse, Scott Henderson, Akira Takasaki(1993年、39歳)
5.Deep Purpleへの参加(1994年、40歳)
1994年、スティーヴは脱退したオリジナル・ギタリストのリッチー・ブラックモア(Ritchie Blackmore)に代わり、Deep Purpleに加入しました。
1996年にDPのギタリストとして初来日した時は、さっそく川口リリア・ホールに観に行きましたが、やはり看板ギタリストが交代した影響からか、その時は2階席がガラガラだったことを思い出します。当時はまだセキュリティもおおらかで、終演後にホールの出口にてスティーヴを待ち、そこでサインを貰った写真は、今も私の書斎に大切に飾っています。
スティーヴに対するDPのギタリストとしての評価は、結局彼が2022年に脱退するまで続いていたようですが、ここの動画で聴かれるような「Sometimes I Feel Like Screaming」など、これまでのDP曲には見られなかった数々の新しいスタイルのスタンダード・ナンバーを生み出したことは、素晴らしい功績だったと思います。
Deep Purple - Total Abandon ( Australia 1999 )(1999年、45歳)
6.多様性の追求(2000年代、40歳代後半)
1990年代半ば以降は、Dixie Dregsにも新しい動きが見られました。ヴァイオリニストとしてアレン・スローンに代わり、元Mahavishnu Orchestraのジェリー・グッドマン(Jerry Goodman)が参加したのです。
この第3期とも呼べるラインナップのDixie Dregsは、1994年に12年ぶりの新作である『Full Circle』を、そして1999年には2枚目のライヴ・アルバムである『California Screamin’』をリリースしました。
第3期Dixie Dregsはその後も2000年代半ばまでは精力的にライヴ活動を続けていたようで、2001年の「Live In Connecticut」はDVDやCDとしても販売されました。
Steve Morse & Dixie Dregs " Live In Connecticut" 2001(2001年、47歳)
マヌエル・バルエコとの共演
スティーヴの客演は数多くありますが、ここではキューバのクラシック・ギタリスト、マヌエル・バルエコ(Manuel Barrueco)が2001年にリリースしたアルバム『Nylon & Steel』から「Wolvesville」を挙げておきたいと思います。
これは、マヌエルが弾くヴィラ=ロボスの名曲「Etude No.1 in E Minor」の上に、スティーヴがロック・ギター・スタイルの即興ソロを乗せるというユニークな取り組みです。
Wolvesville (An Improvisation On Etude No. 1 By Villa-Lobos)(2001年、47歳)
『Major Impacts』シリーズ
2000年代のスティーヴの新しい活動の一つとして、『Major Impacts』(2000年)『Major Impacts 2』(2004年)が挙げられます。これはリズム・セクションにデイヴとヴァンが参加してはいるものの、Steve Morse Bandとは異なる曲調の作品を集めたアルバムです。
中でも『Major Impacts 2』に収録された、ロック・ギターの速弾きテクニックとクラシック・ギター向けの対位法を融合させた「Air on a 6 String」は、エレクトリック・ギター史上に残る意欲的な作品かと思います。
ソロ・ギター曲はクラシック、ジャズ、フラメンコでは普通にありますが、これは珍しいソロ・ロック・ギター曲で、あるいはソロ・ロック・ギター用に作曲されたクラシック曲と言った方が良いかも知れません。
この曲の実演動画は残念ながら殆ど見当たりませんが、以下の動画では抜粋の演奏を見ることができます。右手はロック・ギター、左手はクラシック・ギターのような動きをしているのが興味深いです。
なお、スティーヴは2004年に後の生涯の伴侶となるJanineと再婚しており、それも彼の創作活動にポジティヴな影響を与えていたのではと思われます。
Steve Morse Air On A Six String (excerpt)(2005年、51歳)
こちらは同じ日に同じ会場で開催された、Steve Morse BandとDixie Dregsのライヴです。二つのバンドのライヴを同時にフル・コンサートで観ることができるという意味において、貴重な映像です。
最近のスティーヴのライヴはDixie Dregsの前座をSteve Morse Bandが務めるという形で開催されていますが、私がバークリー音大への留学中であった2005~2006年にボストンにて、これまでの人生で一度だけ観たことがある彼らのライヴも、その形態でした。
もう記憶が定かではありませんが、私が当時、その場で観ることができたライヴも、きっとこれと同じようなものだったのだろうなと思います。
なお、1980年の『Dregs of the Earth』から参加していたキーボーディストのT.ラヴィッツは、2007年にスティーヴやジェリーも参加した『School of the Arts』という作品をリリースしましたが、彼は2010年に54歳の若さで亡くなってしまい、残念ながら以降のDixie Dregsの活動は再び少なくなってしまいました。
Steve Morse Band - (TLA) Philadelphia,Pa 4.7.05 (Complete Show)(2005年、51歳)
Dixie Dregs - (TLA) Philadelphia,Pa 4.7.05 (Complete Show)(2005年、51歳)
これは私の好きな動画の一つで、スロバキアで行われたDeep Purpleのライヴの後、宿泊したホテルで開催されていた結婚披露宴に急遽招待され、新郎新婦のために演奏を披露して、引き出物のお菓子を貰って帰るという微笑ましい内容のものです。
Steve Morse at slovak wedding(2005年、52歳)
これは2009年に開催されたKansasのライヴで、スティーヴは数曲でゲスト出演しています。
Kansas There's Know Place Like Home - Full Concert Live 2009 HD(2009年、55歳)
Living Loud
スティーヴは2003年に、ジミー・バーンズ(Jimmy Barnes, Vo.)、ボブ・デイズリー(Bob Daisley, Ba.)、リー・カースレイク(Lee Kerslake, Ds.)そしてDeep Purpleのバンド・メイトでもあるドン・エイリー(Don Airey, Key.)と共に、ランディ・ローズ時代のオジー・オズボーン・バンドのカバー曲を中心にオリジナル曲の幾つかを加えて演奏するバンド、Living Loudを結成し、アルバムとライヴDVD作品を一つずつ残しました。
これはそのDVDからの映像ですが、1曲目の「In The Name Of God」ではスティーヴとしては非常に珍しい、エレクトリック・シタールの演奏を聴くことができます。
LIVING LOUD-In The Name Of God, Last Chance, Flying High Again, Pushed Me Too Hard.(2009年、55歳)
Angelfire
Angelfireは2007年から3年間だけ続いた短期プロジェクトでしたが、その素晴らしさがたった一枚だけリリースされたアルバム『Angelfire』(2010年)の中に凝縮されています。
ヴォーカリストは当時16歳の新人、サラ・スペンサー(Sarah Spencer)ですが、スティーヴが医者であり趣味でギターを弾いていた地元の友人から歌手志望の娘の将来について相談を受け、そのデモテープを聴いて感銘を受け、一緒に曲を書こうという話になったというのが事の次第だったのだそうです。
これまでの34年間に亘るスティーヴの音楽家としてのキャリアを振り返っても、女性ヴォーカリストとのコラボレーションは、現時点ではこれが唯一のものです。
なお、アルバム『Angelfire』収録時のバック・バンドには、Steve Morse Bandのメンバーであるデイヴとヴァンが参加しています。このアルバムがリリースされた2010年、Angelfireはカリフォルニアとフロリダで行われたSteve Morse Bandのいくつかのショウの前座を務めました。
サラは現在もシンガーソング・ライターとして活動しており、その素晴らしい歌声は健在です。
ちなみに、1曲目の「Far Gone Now」は、元は1997年に発表されたソロ・クラシック・ギター曲「Indian Summer」が元になっているようです。
Angelfire - Steve Morse e Sarah Spencer (2010)(2010年、56歳)