今回の記事では、楽譜の見た目を大きく左右する記譜用フォント(Music Font)に関する移行時の問題を取り上げてみます。
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【2024/11/8更新】この記事には関連記事があります。宜しければ以下をご覧下さい。
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これは特に、これまでFinaleを長年に亘り業界標準の楽譜作成ツールとして使用して来た、日本の楽譜出版業界の全体に影響する問題だと思います。
【目次】
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記譜用フォントとは
FinaleからDoricoにファイルを移行した際、楽譜全体の雰囲気がだいぶ変わったと感じられた方も多いと思います。
これはソフトウェアやその設定の違いも多少影響しますが、使用する記譜用フォントが異なることが主な理由です。※
(※Doricoでは記譜用フォントを元の英語Music Fontを直訳した「音楽フォント」と呼びますが、本稿ではこれをFinale日本語版式に「記譜用フォント」と呼びます。)
記譜用フォントとは、例えばト音記号や四分音符、フォルテやコーダなどの音楽記号を表示するためのフォントです。
基本的には普通のテキスト・フォントと同じように扱うことができて、入力コードが分かっていれば、楽譜作成ソフトウェアに限らず、テキスト・エディタやワープロ・ソフトでも使用することができます。
Finale英語版では、記譜用フォントとしてFinale Maestroなど、日本語版ではこれに加えてKousaku、Kousaku Percussion、Rentaroを搭載しています。
この他、Finale日本語版ではChaconneというサードパーティ製の記譜用フォントも広く用いられており、このKousakuとChaconneが、これまで長年に亘り、日本の出版譜におけるスタンダードとなって来ました。
一方、Doricoでは、記譜用フォントとしてBravuraを搭載し、これを初期設定で使用します。Bravuraは記事冒頭の図にあるとおり、Finale日本語版のKousakuと比べるとやや肉厚な外観を持っています。
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SMuFL対応の記譜用フォント
記譜用フォントは従来、各製品に独自の規格で作成されて来ましたが、近年はSMuFL(Standard Music Font Layout;スムーフル)と呼ばれる国際規格に基づくSMuFLフォントが提供されています。
SMuFLフォントの長所は、主に三つあります。一つ目は約3,000もの大量の記号が新たに使用可能となったこと、二つ目はSMuFL対応の楽譜作成ソフトウェアで、これらの記号に互換性があることです。
つまり、今までFinaleではユーザー自身で図形作成機能を用いて自作していたような特殊な記号も、もしこの大量のSMuFL記号の中で類似のものがあれば、それを使用すれば、MusicXMLを介して別のSMuFL対応の楽譜作成ソフトウェアに移行させることができます。
(互換性については、現状ではまだ十分に実用化されていないようですが、将来的にはその性能向上が期待されます。)
以下の二つのスクリーンショットは、それぞれFinale v27とDorico Pro 5のSMuFL記号選択ウィンドウですが、選択されている「Brace(括弧)」には、両方とも「U+E000」という記号が付与されていることが分かります。
そして、このU+E000の定義は、SMuFLフォントを管理するW3Cという団体のウェブサイト上で確認できます。
【Finale v27】
【Dorico Pro 5】
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Doricoでは、Kousakuなどを標準記譜用フォントとして使用できない
SMuFLフォントの三つ目の長所は、SMuFL対応の楽譜作成ソフトウェアでは、他社製のSMuFL対応の記譜用フォントを、その楽譜ファイルの全体で使用する標準の記譜用フォント(以下、「標準記譜用フォント」)として使用可能なことです。
現時点ではSMuFL対応の楽譜作成ソフトウェアにはFinale、Dorico、MuseScoreがあり、例えばDoricoでは、Finale MaestroやLelandといった元々はFinaleやMuseScoreの記譜用フォントが、標準記譜用フォントとして使用可能です。
しかし、日本の楽譜出版業界で広く用いられて来たKousaku、Kousaku Percussion、Rentaro、Chaconneといった記譜用フォントは、いずれも現時点ではSMuFL対応フォントではないため、Doricoでは標準記譜用フォントとしては使用できません。
SMuFL対応の記譜用フォントのうち、これらに最も近いテイストを持つのは、以前の記事の最後でも紹介したFinale Maestroと思いますが、これはDoricoでは「ライブラリー・メニュー>音楽フォント」にて設定可能です。
Finale Maestroは、Finale英語版の標準記譜用フォントであったMaestroをベースに、SMuFL対応の記譜用フォントとしてv27から搭載されたものです。
KousakuやChaconneとは各記号の形状が微妙に異なりますが、少なくとも現時点でKousakuやChaconneがSMuFL化されていない以上、Dorico上でFinaleに近い楽譜を作りたい場合、当面はBravuraの代わりにFinale Maestroを使用するのが良さそうです。
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KousakuなどSMuFL非対応の記譜用フォントをDorico上で使う方法
記譜用フォントを変更した際に特に気になるのは、西洋式と日本式でその形状が大きく異なるセーニョ・マークやコーダ・マークです。
Finale v27のFinale Maestroフォントには、日本ユーザーを意識してか、一応「代替記号、その他」カテゴリ内に日本式セーニョ・マークやコーダ・マークが搭載されていました。
Doricoにも「日本式」マークが一応搭載されていますが、その形状は我々が目にして来た日本式のマークとは少々異なります。
コーダ・マークは、意図したデザインなのかは不明ですが、形状が単純化されているだけでなく、よく見ると上下左右非対称です。セーニョ・マークは、実のところ単に元の西洋式を回転させただけで、形は西洋式と全く同じです。
Doricoの「日本式」マークを実際の楽譜に配置すると、このような感じとなります。
ところで、キーボードによる入力コマンドが分かっているKousakuとRentaroの記号については、少なくともテキストとしてDoricoの楽譜上に配置することは可能です。
KousakuとRentaroの入力コマンドは、Finaleのインストーラーを開いて「付属書類」フォルダ内にある「Finaleキーマップ」というPDFファイルに記載されています。
Doricoに搭載されたこれらのマークが気に入らない場合、リピートマーカーとして入力した記号は非表示にして、その上にKousakuによる本家の日本式記号を「譜表に付くテキスト」としてDoricoに書き込むと、外見はKousakuフォントのマークとなり、プレイバックでもその演奏順序が反映されます。
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日本の楽譜出版業界にとっての解決策
前述のように、KousakuやChaconneは日本の楽譜出版業界で長年使用されて来た記譜用フォントですが、これらがDoricoでは標準の記譜用フォントとしては使用できないというのは、中長期的にはDoricoへの乗り換えを検討せざるを得なくなっている日本の楽譜出版業界では深刻な問題かも知れません。
上記のセーニョやコーダの例で示した通り、Dorico上でKousakuやChaconneの記号をスポットで使うことは技術的には可能ですが、符頭など楽譜上で大量に表示される要素については、一つひとつを書き換える作業は現実的ではありません。
そうなると、結局のところFinaleを古いOS上で使えるまで使い続けつつ、その間にKousakuやChaconneがDoricoで使えるように、それらのSMuFL化に向けて、業界を挙げて各フォントの権利者と協議を重ねていくというのが一つの解決策なのではないかと思います。
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追記(2024/10/10)
このような記事を公開した矢先に、本日、嬉しいニュースが入りました。日本の出版譜におけるスタンダードであったChaconneをSMuFL化した記譜用フォント「Chaconne Ex」(シャコンヌ・イーエックス)が、2024年10月31日より販売開始となります。
もちろん、これは本記事で述べてきたように、SMuFL対応フォントのためDoricoで使用可能であり、ひとまず日本の楽譜出版業界にとっての記譜用フォント問題は、実際に顕在化する前に解決したと考えて良さそうです。
Dorico上でのChaconne Exの働きについては、後日改めてレビューさせて頂こうと思います。