Finale開発元のMakeMusic社はDorico開発元であるSteinberg社と提携し、Doricoへのクロスグレードを推し進めていますが、Finaleの乗り換え先はDoricoで一択という訳ではありません。
Finaleと同等の性能を持つもう一つの製品に、Sibelius Ultimate※があります。(※以下「Sibelius」)
Finaleは楽譜上のほぼあらゆる要素を何らかの形で編集できることが特徴で、それゆえに少なくとも日本国内の楽譜出版業界では、Finaleが市場をほぼ100%独占する形となっていました。
SibeliusはFinaleほどの高度な編集機能を持ちませんが、高品質な楽譜を比較的簡単に作成できることや、業界標準のDAWの一つであるPro Toolsとの高度な連携が可能なことから、Sibeliusは特にレコーディングやライヴといった演奏を主とする現場では根強い人気があるようです。
この記事では、Finaleからの移行先という観点から、Doricoに比べてSibeliusが優れていると思われる点を取り上げてみました。
【目次】
Sibeliusは、レイアウト修正の手間がDoricoよりも少ない
弊社ではDoricoとSibeliusを主な対象としてFinaleからのファイル移行テストを行っていますが、Doricoに比べてSibeliusが最も優れていると感じた点は、レイアウトが実用的な精度で移行される場合が多いことです。(もちろん、そうならない場合もあります。)
以下にVo/Key/Ba/Dsの4楽器からなるバンド曲を事例に、FinaleからのMusicXMLファイルをインポートした際のDoricoとSibeliusの違いを示すスクリーンショットを掲載します。
こちらがオリジナルのFinaleファイルの前半部分(pp.1-2)です。
Sibeliusでは、Finaleで書いたオリジナルにかなり近いレイアウトでインポートされ、このファイルではレイアウト修正はほぼ不要でした。
Doricoでは、無音である最初の16小節で隠していたヴォーカル・パートや、フルスコアで非表示に設定していたコード・シンボルなど、隠していた要素が全て再表示され、これらに記号の自動衝突回避機能が働くため、結果として五線や組段の間隔が広がり、組段が1ページ3段に収まらなくなっています。
(細かいことですが、1ページ目の最上段の五線間隔が広がっているのは、1つのテキストボックス内にフォント・サイズの異なるテキストを配置した特殊表記が表示崩れを起こしているためです。)
こちらがオリジナルのFinaleファイルの後半部分(pp.3-4)です。
Sibeliusでは、前半と同様、後半もFinaleとほぼ同じレイアウトでインポートされました。
Doricoでは、一段あたりの小節数が少なくなり、全体的に低密度な楽譜になっており、ページ数も2倍に増えています。細かく見ると、ベースのタブ譜に設定した日本式の表記(符尾などを表示)が全てキャンセルされていることも分かります。
パート譜については、SibeliusもDoricoも品質に大差はなく、いずれも数分間程度の修正作業が必要でした。この図はそれぞれのパート譜の1枚目を並べたものですが、Sibeliusに見られる歌詞の重なりは、いずれにせよ必要とされる小節配分の編集作業で解消されるので、あまり問題ではないかと思います。
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Finaleで作り込んだ大切な楽曲ファイルをDoricoで開いた際、あまりのレイアウト崩れの激しさに絶望感を味わった方も少なくないのではないかと思います。(私もその一人ですorz)
Doricoでは、そのレイアウト設定の多くが自動処理により行われるため、新規作成ファイルの場合はレイアウトの心配をすることが少ないと言えます。
しかし現在問題となっているのは、Finaleで作成したファイルをMusicXMLを介してインポートする場合です。
Finaleで行われた独自のレイアウト設定がDorico上で再現されない場合、そこで発生したレイアウト崩れを修正するのに、いきなり高度な編集技術が要求される点が、FinaleからDoricoへの移行にあたっての懸念事項と感じます。
特に難しいのは組段間隔の調整で、これはオーケストラ譜のように1ページに組段が1つしかないような大規模編成のスコアではあまり問題となりませんが、今回事例に取り上げたバンドスコアなど、1ページあたり数本の組段を配置することになる小規模アンサンブルでは、例えば希望する範囲に組段を詰め込むことができないといった問題が起こります。
Doricoに比べると、SibeliusではFinaleのレイアウトがオリジナルに近い状態でインポートできるようで、レイアウト修正に関するトラブルの心配はDoricoよりも少なく、これは作業上の大きなストレス軽減になると思います。
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Sibeliusは、ユーザー数がおそらくDoricoよりもだいぶ多い
ユーザー数が多いというのは、ユーザーにとって非常に大きな長所です。他のユーザーとファイルの直接やりとりができる場合が多くなりますし、操作に関する情報をインターネット上で見つけ易くなります。
またソフトウェアの開発面では、ユーザーから寄せられる現場での使用情報がより多く得られるため、バグの発見が早くなり、開発元に余力がある限りは早期の製品改良に繋がる可能性も期待できます。
Sibeliusは1993年発売と、1988年に発売されたFinaleに次いで長い歴史を持つ製品で、既にそれなりの数のユーザーがいます。統計的な根拠はありませんが、世界的にみた場合、SibeliusはFinaleと共に楽譜作成ソフトウェアの市場を二分して来たと言われています。
特に米国ではそれが通説となっていて、現に私がBerklee College of Musicで学んでいた2005年頃も、大学から安価で支給されたFinaleからSibeliusに乗り換える学生が多くいましたし、大学教員にもSibeliusユーザーは多くいたように記憶しています。
Finale v25が発売された2016年前後には、日本ではSibeliusよりもFinaleの方がユーザー数は多いらしいという話を聞いていました。
しかし、v26発売の2018年、v27発売の2021年あたりでは、特にジャズなどポピュラー系でSibeliusユーザーが急に増えてきた感があり、その頃を境に「出版・浄書はFinale、音楽制作はSibelius」というイメージが定着して来たように感じたことを思い出します。
2016年に発売された新製品であるDoricoは、その設計の新しさが大きな長所と言えますが、ユーザー数の獲得はこれからの課題となります。
インターネット上で得られるDoricoの使い方に関する情報は今後、Finale日没問題を受けて急激に増加すると予測されますが、FinaleやSibeliusと同程度になるには、もう少し時間が掛かるかも知れません。
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Sibeliusは、Doricoと比べてファイル・サイズが1/15程度である
Sibeliusが昔から持つFinaleに対する優位性の一つは、ファイル・サイズの小ささです。Finaleのファイル・サイズは通常、オーケストラ譜やビッグバンド譜で数百KBですが、Sibeliusのファイル・サイズは多くの場合、同一内容のFinaleファイルの半分以下です。
これに対してDoricoの場合は、ファイル容量が1MBを超えるのが普通で、簡単な1枚のリードシートでも約500KB(=0.5MB)、製品に同梱されたデモファイル中には6MBを超えるファイルもあります。
今回の事例に用いたVo/Key/Ba/Dsの4楽器からなる楽曲のファイル・サイズを比較すると、DoricoファイルはFinaleファイルに比べて6倍、Sibeliusファイルに比べて16倍大きいことが分かります。
Finaleファイル:206KB
Sibeliusファイル:75KB
Doricoファイル:1,222KB(1.2MB)
この比率はファイルによっても違いますが、DoricoファイルはFinaleファイルに比べて概ね10倍、Sibeliusファイルに比べて概ね15倍のサイズであると考えるのが妥当と思います。
近年は大容量のHDDが安価で購入できるようになっているため、これは決定的な問題ではないと思います。
しかし、楽譜作成ソフトウェアを本格的に使うユーザーには数千個のファイルを持つ人も少なくないことを考えると、長期的な運用を視野に入れた場合、このことは多少は気にしておいた方が良いかも知れません。
特に、複数のファイルを他の人にメールで送信するような場合は、多少の気遣いが必要かと思います。
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Sibeliusは、2024年12月末まで安価に入手可能
Sibeliusの最大の難点は、その価格だと思います。永続ライセンス版は9万円台前半とかなり高額で、サブスクリプション版に割安感を持たせる価格体系ですが、Finaleにはこれまで永続ライセンス版しか提供されて来なかったため、そのユーザーはサブスクリプションという使い方に慣れていません。
そのためFinaleからの乗り換えは価格的に無理があると思われましたが、今回の突然のFinale日没騒動の中、ついにSibeliusも期間限定ながらセールを開始しました。
(2024/9/9~2024/12/31までを予定。なお、以下に示す価格は2024年9月26日時点で公式ウェブサイトに記載されていたものです。)
【Avid】 Sibelius 乗換版セール開催
◆Sibelius Ultimate 永続ライセンス版 -Finale乗り換え:¥ 25,630
(※1年間の国内販売元サポートが付属)
◆Sibelius Ultimate 永続ライセンス版 -Finale乗り換え(サポート無し):¥ 22,990
(※国内販売元サポートなし、サポート利用の場合は追加のサポートチケット購入が必要)
永続ライセンス版としては「サポート無し」というのが最安値のラインナップですが、1年間のサポート付きはたった2,640円高いだけなので、これはサポート付きを選ぶべきでしょう。
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ところで、Doricoのクロスグレード版は現在、20,900円で購入できます。サポート付きSibeliusと両方買っても46,530円で、プロ向け楽譜作成ソフトウェアを1本、新規購入する価格よりもだいぶ安いです。
(新規購入の場合、Doricoは通常価格69,300円。Finaleも確か6万円台前半だったと記憶しています。)
現在、DoricoとSibeliusの間でこのような価格競争が起こっている原因は、世界市場の半分を占めていたFinaleユーザーを獲得したいという双方の思惑によるものと思われます。
その場合、DoricoとSibelius永続ライセンス版の両方をこの激安価格で購入できるチャンスは、今後はもう無いかも知れません。
今後、DoricoやSibeliusがFinaleと同じ運命を辿らないとも限りません。今までFinaleで楽譜をかなり頻繁に書いていて、長期的にFinaleの後継製品をどうするか決めかねている人は、保険の目的も兼ねて、Doricoと共にSibeliusもこの機会に買っておくと良いかも知れません。