以前の記事で、Doricoのファイル・サイズはFinaleやSibeliusに比べてかなり大きいということを書きましたが、これについてもう少し調べて分かったことを記事にまとめておきたいと思います。
1.現象の把握
まず、ファイル・サイズが具体的にどのくらい違うのかについてですが、事例としてFinaleをインストールしている場合は以下の階層に保存されているデモファイル「Bach Air.musx」を見てみます。
/Library/Application Support/MakeMusic/Finale 27/Music Files/Worksheets & Repertoire/Repertoire/Classical/Instrumental/Bach Air.musx
この「Bach Air.musx」は112KBですが、これをMusicXMLに変換した.mxlファイルは32KB、それをSibeliusにインポートした場合の.sibファイルは46KBです。
一方、この.mxlファイルをDoricoにインポートした場合、その.doricoファイルのサイズは1,575.6KB(≒1.6MB)と、元の.musxファイルの14倍のサイズとなります。
ファイルの種類 | ファイル・サイズ |
Finale(.musx) | 112KB |
MusicXML(.mxl) | 32KB |
Sibelius(.sib) | 46KB |
Dorico(.dorico) | 1,576KB |
2.Doricoのファイル・サイズが大きい理由
インターネット上で「Dorico File Size」などと検索すると、このテーマはSteinberg Forumsにてユーザーの間で2018年くらいから継続的に議論されていることが分かります。
この中でSibeliusの開発にも関わっていたと思われるDoricoの開発者の一人が、Doricoのファイル・サイズが大きい理由として以下のコメントを残しています。
Doricoのファイルが大きい理由は、再生に必要なすべてのデータが含まれているためである。
例えばSibeliusの場合、最近のバージョンについては不明だが少なくとも元々の仕組みとしては、すべてのプラグイン・データはプロジェクト・ファイルではなくアプリ側のプレイバック構成に保存される。つまり、他のプロジェクトに影響を及ぼすことなしに特定のプロジェクトでプラグインを変更することはできず、また同じプレイバック構成がインストールされていない限り、そのプロジェクトは別のマシンで再生されない。
一方、DoricoはDAWのように各プロジェクトが独自のプラグイン・セットを持つことができるように設計されており、プラグインは内部データを保存するため、プロジェクトを別のマシンに移動しても、同じプラグインがインストールされていれば同じように再生される。
このコメントから察するに、Doricoはプレイバック機能に関しては楽譜作成ソフトウェアというよりもDAWに近い設計なのかも知れません。そうであればプロジェクト・ファイルのサイズ感がFinaleやSibeliusよりもDAWに近いのも理解できるような気がします。
Steinberg Forumsのアドバイザー的立場のユーザーの間では、ファイル・サイズの大きさは気にする必要はないという意見が大多数のようです。
仮にDoricoのファイル・サイズが平均で5MBとして、そのファイルを500個持っている場合でも合計で2.5GBで、使用するパソコンのストレージが256GBであれば、Doricoファイルの占有率は1%程度です。そう考えれば、確かにDoricoのファイル・サイズの大きさは取るに足らない問題と言っても良いかも知れません。
しかし、単にストレージに保存するだけであればその通りですが、Doricoのプロジェクト・ファイルをメールで送受信したり、無料のクラウド・ストレージにバックアップを保存したりといった場合、このDoricoのファイル・サイズの大きさは問題となって来ると思います。
例えば私自身の場合は、Finaleをメインで使っていた頃、その日に作業を終えたファイルをバックアップする際、外付けHDDにコピーする他に自分のGmailアドレスにも送信していました。それに救われることが今でもありますが、Googleアカウントの無料容量は15GBしかないので、このためだけにGoogleの有料プランを契約する気もしませんし、Doricoでは同じバックアップ方法が使えないのをやや残念に感じています。
3.Doricoのファイル・サイズを最小限に留める方法
(1)再生テンプレートで「Silence」を選ぶ
Doricoのユーザーマニュアルには「Silenceの再生テンプレートは、Dorico Proがサウンドをロードしないようにします。これにより、プロジェクトファイルを大幅に小さくできます」との記述があります。
Doricoのファイル・サイズが大きくなる理由は「再生に必要なすべてのデータが含まれているため」とのことですが、これは具体的には初期設定にて再生テンプレート、しかも最も汎用性が高い(つまり情報量の多い)再生テンプレートである「Iconica Sketch, HSO, HALion Sonic Sel., Olympus, GASE」を読み込んでいるためです。
ファイル・サイズを減らすため一番効果的なのは、再生テンプレートにSilenceを選択することで、これによりプレイバック・ボタンをクリックしても音が出なくなってしまいますが、ファイル・サイズは半分程度まで減らすことが出来ます。
Doricoでは、環境設定にてデフォルトの再生テンプレートを指定することが出来ますので、ここで「Silence」を指定しておき、プレイバックが必要なファイルのみ、再生テンプレートを適用ダイアログボックスにて手動で再生テンプレートを選択するというのが、ファイル・サイズを減らすために最も効果的な方法と言えます。
なお、ファイル・サイズは、そのファイルが使用する再生テンプレートごとに異なります。こちらは「Bach Air.musx」の事例ですが、HSO(HALion Symphonic Orchestra)を含む再生テンプレートは全て1.6MBと大容量になります。
それ以外の再生テンプレートは800KB台なので、HSOを含まない再生テンプレートを指定しておけば、音質はリアルさを欠きますがプレイバックでも音が出て、しかもファイル・サイズを小さく留めることが出来ますので、プレイバックを頻繁に使う場合はこれらのうちいずれかを選択するのも良いかと思います。
(なお、例えば09のIconica Sketch, HALion Sonic Sel., Olympusを選択した際は初期状態では840KBでしたが、高品質な音源であるIconica Sketchをロードした場合はファイルサイズは1.3MBくらいになりました。)
(2)プレビューのサムネイル生成をキャンセルする
「Silence」の再生テンプレートを選択した場合ほど劇的な変化はありませんが、環境設定にて「保存時にプレビューのサムネイルを生成」のチェックを外しておくだけでも、少なくとも数百KBの容量を節約できます。
この場合はハブのサムネイルや、Macの場合はクイックルックでのプレビューが表示されなくなります。
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Doricoのファイル・サイズの大きさの是非には以前から議論が絶えませんが、そもそも楽譜作成ソフトウェアは楽譜を書く道具であり音が出る必要はなく、プレイバックは最後に間違いを耳でチェックする時にだけ使えれば良いという考え方もあります。
その観点からは、やはりDoricoのファイル・サイズの大きさに居心地の悪さを感じてしまうのは、特にプレイバック機能の黎明期からFinaleを使い続けているようなユーザーにとっては自然なことかと思います。
もう一つ、Doricoファイル・サイズ肯定派の意見で気になるのは、それがDoricoファイルの保管コストが無視できるほど安価であるという前提に成り立っていることです。
電子データの保管コストは、技術的観点のみで見れば確かに低下傾向にあると思いますが、SSDなどのストレージの生産や保全には、原料となる資源の確保と国際的な争奪、環境保全といった社会経済的側面も絡んで来るため、保有するDoricoのプロジェクト・ファイル数が数千個になった30年後にも、その保管コストが無視できるほど安価であるとは限りません。
私の場合は個人使用の他に開発やサポート業務でも20年間近くFinaleを使い続けた結果、手元には少なくとも7,000個のFinaleファイルがあります。
これは若干特殊ケースかも知れませんが、仮に月曜日から金曜日まで毎日1つのDoricoプロジェクト・ファイルを作ったとしたら、1年間240日間で240個、30年間で7,200個になります。そう考えると、プロの作編曲家や教師であれば、
「データ社会におけるストレージの使い捨て問題」に言及する以下の記事は、この観点からは示唆的に思えます。
▼SSDのリユースでデータ社会の地球環境問題解決に貢献―情報社会のサステナビリティ― | KIOXIA - Japan
少なくともファイル・サイズが小さいことについては誰も文句は言わないと思いますので、Finaleと同じく30年以上使われるであろう長寿命となるソフトウェアの開発時には、そういった観点も大事にして頂けると有り難いなと、個人的には感じます。