以前の記事で、Finaleと共に国内出版譜で使用されてきたKousakuやChaconneといった音楽フォントがDoricoでは使用できないという問題について触れましたが、Chaconneについては、FinaleユーザーがDoricoに乗り換え始めたちょうど良いこのタイミングで、Doricoでも使用可能なSMuFLバージョンとして生まれ変わったChaconne EXが、2024年10月31日にめでたくリリースとなりました。
今回の記事の前半では、このChaconne EXをDoricoに標準搭載されたBravuraやFinale Maestroと比較してみます。記事の後半では、Chaconne EXも含めた現在流通する主なSMuFLフォント数種類の仕様を比較してみます。
【目次】
1.Bravura、Chaconne EX、Finale Maestroの外観比較
(1)全体の印象比較
(2)細部の比較
2.現在流通する主なSMuFLフォントの比較
(1)仕様比較
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1.Bravura、Chaconne EX、Finale Maestroの外観比較
(1)全体の印象
まずはDoricoに標準搭載のBravuraを見てみましょう。この音楽フォントは肉厚なルックスが特徴的で、Doricoの初期設定では五線の線幅も1/8スペースと、それに合わせて太めとなります。
結果としてFinaleで使用してきたKousakuやFinale Maestroなどに比べると全体的に肉厚な印象となるため、Finaleユーザーの中には違和感を覚える方も多かったのではと推測します。
Chaconne EXはKousakuやFinale Maestroと同様、細身なデザインのグリフが多いため、譜表の線幅もそれに合わせて9/100スペース(=0.72/8スペース)とBravura初期設定の72%程度になり、全体的にシャープな印象となります。
Finale英語版で初期設定の音楽フォントとして長く活躍してきたMaestroのSMuFL版として、2021年発売のFinale v27で初めて搭載され、後にDoricoにも移植されたFinale Maestroも、基本的にはChaconne EXと似た細身な記号で構成され、初期設定での譜表の線幅はChaconne EXと同じく9/100スペースです。
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(2)細部の比較
拡大してみると、Bravuraは各グリフの角が削られ丸みを帯びているのが分かります。暖かみがあるBravuraの特徴的な印象は、肉厚さと共に、この角の処理も影響しているのかも知れません。
Bravuraと他の2者との違いは遠目でも一目瞭然ですが、Chaconne EXはFinale Maestroよりもさらに細身なグリフが多く、また音部記号はやや小さめであることが分かります。
音符や臨時記号、スラーやクレッシェンドなどのニュアンスは、こちらでお分かりいただけるかと思います。
音楽フォントは、基本的には製品間に優劣は無く、好みで選ぶものかと思います。Bravuraは昔ながらの出版譜を思わせる親しみを感じますし、いずれも近代的なデザインを持つChaconne EXとFinale Maestroは良い勝負と言えます。
しかし、音部記号の大きさ、符頭と八分/16分休符の球状部分との大きさのバランス、符頭と臨時記号との黒色部分の密度バランスを見ると、Chaconne EXは演奏者が最も必要とする情報が強調されている感じがします。
その点において、私個人としては三つの音楽フォントの中でChaconne EXが一番読み易く、美しさと実用性の両面で優れていると感じました。
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2.現在流通する主なSMuFLフォント
(1)仕様比較
macOSに標準搭載のアプリ「Font Book」からは、搭載グリフ数など、それぞれの音楽フォントの属性情報を知ることができます。
以下の表に、Bravura、Chaconne EX、Finale Maestroを含むSMuFLフォントを、グリフ数の順番で並べつつ、属性を整理してみました。
順位 | 音楽フォント名 | グリフ数 | スタイル | 製造元 | デザイナー | ライセンス | コピーライト情報 |
1 | Bravura | 3,693 | 出版譜風 | Steinberg Media Technologies GmbH | Daniel Spreadbury et al. | SIL Open Font License | 2023 Steinberg Media Technologies GmbH |
2 | Finale Maestro | 2,745 | 出版譜風 | MakeMusic, Inc. | 情報なし | 情報なし | 2021 MakeMusic, Inc. |
3 | Petaluma | 1,524 | 手書き風 | Steinberg Media Technologies GmbH | Anthony Hughes | 情報なし | 情報なし |
4 | Sebastian | 1,235 | 出版譜風 | 情報なし | Florian Kretlow & Ben Byram-Wigfield | 情報なし | 情報なし |
5 | Chaconne Ex | 732 | 出版譜風 | 情報なし | Takashi Hoshide | 情報なし | 2024 StoneSystem |
6 | Golden Age | 725 | 手書き風 | Ben Byram-Wigfield | Don Rice | 情報なし | 情報なし |
7 | Finale Jazz | 719 | 手書き風 | MakeMusic, Inc. | Richard Sigler | 情報なし | 2022 MakeMusic, Inc. |
8 | Leipzig | 661 | 出版譜風 | 情報なし | Etienne Darbellay, Jean-Francois Marti, Laurent Pugin, Klaus Rettinghaus | SIL Open Font License | 情報なし |
9 | Finale Engraver | 539 | 出版譜風 | MakeMusic, Inc. | 情報なし | 情報なし | 2021 MakeMusic, Inc. |
10 | Leland | 467 | 出版譜風 | MuseScore | Martin Keary & Simon Smith | 情報なし | 2022 MuseScore BVBA |
11 | Finale Broadway | 432 | 手書き風 | MakeMusic, Inc. | Richard Sigler | 情報なし | 2021 MakeMusic, Inc. |
12 | Finale Legacy | 419 | 出版譜風 | MakeMusic, Inc. | 情報なし | 情報なし | 2021 MakeMusic, Inc. |
13 | Finale Ash | 302 | 手書き風 | MakeMusic, Inc. | 情報なし | 情報なし | 2021 MakeMusic, Inc. |
14 ※ | Toccata | 255 | 出版譜風 | 情報なし | 情報なし | 情報なし | 1995 Blake Hoghetts 1987-1993 Coda Music Technology |
15 ※ | Kousaku | 222 | 出版譜風 | 情報なし | 情報なし | 情報なし | 2004 Yuki Sakamoto and Ars Nova, Inc. |
(※14番のToccata、15番のKousakuは、他と異なりTrueTypeフォーマットの古い非SMuFLフォントですが、参考までに掲載してあります。)
グリフ数が最も多いのはBravuraですが、同フォントのデザイナーであるSteinberg社のDaniel Spreadbury氏がSMuFLの管理団体であるMusic Notation Community Groupのチェアを務めていることなども考えると、これは自然な流れかと思います。
3,693という膨大な数のグリフの中には、一般にはあまり使用されないような実験的なものも多くありますが、これらは今も開発が進められているSMuFLフォントのデザイン基準の一つになっているのかも知れません。
同じくSMuFLフォントの開発に携わって来たMakeMusic社が作成したFinale Maestroは、KousakuやChaconneに近いデザインのグリフを3,000種類近く搭載しているのが特徴で、とりあえずFinaleでの出版譜風に近い音楽フォントをDoricoでも手軽に使いたいという場合には良い選択肢かと思います。
Chaconne EXはグリフ数としてはSMuFLフォントの中で5番手ですが、グリフ数はKousakuで222個、SMuFL化以前のChaconneで194個であったことを考えると、Chaconne EXには実用的に十分な数のグリフが搭載されていると言えます。
Chaconne EXは前述のように美しさと実用性を兼ね備えており、丁寧に制作したグリフを国内出版譜向けに厳選して搭載している点が特徴かと思います。
このデータで少し意外だったのは、MuseScoreが提供しているLelandの、467というグリフ数の少なさです。その理由は定かではありませんが、MuseScoreもFinaleやDoricoと同様にSMuFL対応の楽譜作成ソフトウェアで、BravuraやFinale Maestroを使用できるため、オリジナル・フォントであるLelandの開発に力を注ぐ必要はあまり大きくないのかも知れません。
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(2)Finaleが残した音楽フォント遺産
最後に、Steinberg社とMakeMusic社で開発されてきたSMuFLフォントのグリフ数の合計を表にまとめてみました。これをみると、両社はいずれも全部で約5,200個と、ほぼ同じくらいの数のグリフを制作してきたことが分かります。
Steinberg | MakeMusic | |
Bravura(出) | 3,693 | |
Finale Maestro(出) | 2,745 | |
Petaluma | 1,524 | |
Finale Jazz | 719 | |
Finale Engraver(出) | 539 | |
Finale Broadway | 432 | |
Finale Legacy(出) | 419 | |
Finale Ash | 302 | |
グリフ数の合計 | 5,217 | 5,156 |
※(出)は出版譜風、それ以外は手書き風フォントを示す。
開発終了となったFinaleのアプリ本体は、OSのバージョンアップや動作するパソコンの耐用年数などを考えると、おそらくあと5〜6年程度で寿命を迎えると考えられます。
しかしFinaleが残してくれたこれらの貴重な音楽フォント遺産は、SMuFLの仕様が大きく変わらない限り、グリフ数において最大規模の音楽フォントであるBravuraや、このたび新たにSMuFLフォントのラインナップに加わったChaconne EXなどと共に、今後もDoricoやMuseScoreにて末長く活用することができます。
音楽フォントは、最終成果品として譜面上に表現される、楽譜作成ソフトウェアにおける最も重要なパーツと言えます。これらの音楽フォントがある限り、Finaleは今後も別の形で生き続けると考えて良いかも知れません。
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